フィアット車の歴史 FIAT500 / Nuova500 ABARTH 595 / 695 ABARTH アバルト

初代フィアット500から84年経ってもチンクエチェントだし、旧車なのにNUOVA(新型)だったりする妙。

投稿日:2020-02-19 更新日:

いわゆるルパン三世の愛車として有名な古い方のフィアット500は、知ってる人の間なら「旧チンク」という呼び名がデフォルトじゃないかな、と思う。

まあ、そのまんま旧車のチンクエチェントだから旧チンクなのだけど、一般的なレベルで市民権を得ているかと言えば、たぶんそうではない。なぜなら、そもそも「チンクエチェント」という呼称を、イタリアに関心があったり車好きだったりする人以外は特に知らないからだ。クルマ自体のフォルムはなんとなく分かっていても「ルパンの黄色い車」とか「カリオストロの車」とか、あるいは少し知っていても「フィアット」とか、FIATが社名なのか車名なのか分からないパターンも多い。ただ、これは特に珍しいコトでもないと思う。僕らだって他所の国のクルマに対してそこまで造詣が深いとは限らないわけで。

元ネタというか、オマージュされた先代のFIAT500(ヌォーヴァ Nuova500)をデザイン的に、精神的に受け継いだ現代版のフィアット500は、日本でも大ヒットした今時の外車・欧州車であることは数字的にも確か。今でこそ見掛けない日はないくらいニューチンクやアバルトが街を走ってる印象があるけれど、2008年にジャパンデビューを飾ってから数年くらいの間は、新しいチンクエチェント同士ですれ違うことは少なかった。遭遇すると、お互い何となく『あ、向こうも見てる…手、ふっちゃおうかな…』という空気感がただよって少し気恥ずかしかった覚えがある。

もちろん、英国車のミニだとか、ドイツ車のフォルクスワーゲンとかフランス車のルノーとか、色んな外国車(主にヨーロッパ車)が日本の市場での裾野を広げたこともあり、国産車一辺倒だったかつての時代から個性重視で多様な選択肢が求められるようになったという推移もある。特に自動車やイタリアに詳しくなくても、ファッション感覚でフィアット500をチョイスしたって全然アリ。だから、なんで500(チンクエチェント)という名前なのか知らないオーナーさんもいなくはないと思うし、そもそも別にネーミングなんてただの記号として捉えたって特に問題ないわけで。

 

さてさて、前振りがずいぶんと長くなってしまったのだけれど、500(チンクエチェント)という偉大なる愛すべき呼称がまるで伝統芸能のように襲名され続けてるから、なかなかややこしいよネ!という話をしたかったのです(笑)

まあ、どの国のクルマも似たような状況とは思うけど、マイナーチェンジとかタイプ違いといった枠を越えて、自動車史の長いヨーロッパ車の中でも特にイタリアの500(チンクエチェント)は戦前にまで家系図が遡っちゃうから。だから、一番最初の愛称トポリーノ(ハツカネズミ)で知られる始祖「500」は、チンク好きなヒトたちの間では「初代」とか「ご先祖様」とか呼んじゃうわけで。

歴史考証的に、厳密に定義するならば、1957年に誕生した当時の新型チンクエチェントである「Nuova500」のみが、その名の通り(伊nuova ヌォーヴァ=New)先代からの後継車となる2代目なのでしょう。ただ、トポリーノから受け継いだのは500ccのエンジン排気量に由来する点だけと言えなくもなく、基本設計としては600(セイチェント)の方がフォルムからして近いとされるし、まあ昔からイタリア人が得意とするブランディング力の賜物というべきなのかなぁ、と。

 

そしてお気づきの通り(?)写真の水色チンクはABARTH595であって、フィアット500じゃないんだよ!?という論争までヘタすりゃ巻き起こってしまうわけで、もう、はた目にはワケわからん!状態になっちゃったり。

これがモディファイなのかなのか、はたまたesse esseキットを組んでアバルト595にレアリティアップした個体なのか、それともガチでオリジナルABARTHの系譜なのか、もはや遠い昔にヴィチェンツァで撮影したものだから検証のしようもない。有り体に言ってしまえば、そんなマニアックな話はどーでもよくて、個人的にはぜんぶ旧チンクでよいではないか、と。

そもそも595だって、イタリア語読みで「チンクエチェント・ノヴァンタ・チンクエ」なのだし。



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